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年収200万30代田舎独身女の反省文

低収入な田舎OLがお金のやりくりをしたり、黒歴史を反省したりします。

イブだけどペットロスの話するぜ

メリークリスマス!
幸せな世間に逆行して、私は死んだ犬の話をします。
今日は虫の知らせ~死亡まで書くよ!
悲しい話なので、記事は畳みます。

 

 

14年ちょっとで逝った犬

高齢犬でしたが、正直15歳までは生きるだろうと思ってました。
死亡する1年前も病気をしたけど、点滴してむしろ毛艶が良くなって若返ったように回復したので、今回もきっとよくなるだろうと信じて疑いませんでした。

もともと、脳に腫瘍があるかも?と獣医さんに言われていたのですが(足が利かなくなって転んだり、小刻みに揺れる動作をする)、本格的に検査をするとなると、都心まで連れて行ってMRIみたいな検査をしてもらって50万円位は軽くかかるだろうとのことでした。本格的治療となれば青天井でしょう。さらに、仕事を何日も休んで都心まで付き添いできる人間はうちにはいません。

金額も大きすぎるし、何より長距離移動や検査入院のストレスに老犬が耐えられないだろうから、検査は無理だと言うのがうちの家族の共通見解でした。私もそうです。

 

最後の一週間

夏で、元気のない日々が続いたので熱中症かと思い、親が病院に連れて行ったところ、最初は入院と告げられました。
期間はどのくらい?と聞くと「分からない」と言う。通院ではだめかと聞いたところ、「…そうだね、その方がいいね」とのこと。
先生はもう先が無いと分かっていたから、家族と過ごせる時間を用意してくれたのでしょう。

約一週間、親が病院まで犬を送り届けて、夕方に引き取ってくる日々。
1日だけ親の都合が悪く、私が1時間早退して犬を迎えにいった日があったのですが、その日はやたら忙しくてイライラして、犬を迎えにいかなきゃいけないのに仕事が終わらないじゃないか!と焦っているうちに、引き出しの角に足をぶつけて血が出ました。
三ヶ月以上、痣になってました。今この文章を書いている時点では、かなり薄くなってきていますが、まだ、もとの皮膚には戻っていません。

入院中、犬は点滴で過ごしていて、食べる必要がないのか、ご飯を欲しがりません。水は最初は飲んでいましたが、だんだん飲まなくなりました。
具合が悪くなってからはずっとおむつです。それでも、排泄は自分のトイレのある場所まで歩いていってしていました。

 

虫の知らせ

金曜日の夜でした。たまたま私が犬を見ているように言われて、しばらく一緒にいた時のことです。
それまで寝床で丸まっていた犬が、突然横たわったまま歩くような動作で手足をバタバタさせはじめました。時間にして2分ほどだったと思います。あまりに不自然だったので、時計の秒針を確認しました。
そして落ち着いた後、父を呼びに行きました。一度は見に来たものの、その時点では様子見といった感じで、引き続き様子を見ているように言われました。

そして、数分経った頃でしょうか、2度目の痙攣が起きました。私はこの時点で「ああ、もう駄目なんだ」と悟り、泣きながら愛犬の名前を呼び続けました。そうしたら、犬は一瞬、グリンと私の方を向きました。痙攣しているから、普通の顔ではなくてひどい顔だったけれど、私の声が聞こえて、心配してくれて反応してくれたのかな…と勝手に思うことにしています。

3度目の痙攣が起こる頃には、親もこれは尋常じゃないと車を出して、両親と私で動物病院へいきました。診療時間外の先生を呼び出して(ご迷惑おかけしました。葬儀の後、薄謝ながらお礼に金券を贈りました)、鎮静剤(睡眠薬?)を打ってもらい、その夜は帰りました。
この一週間、尿毒症の点滴を打っていたそうなのですが、この時の数値は正常値に戻っていたとのこと。そして食欲もなく、痙攣を起こしたとなれば、もう手の施しようが無い状態だということでした。

痙攣は止まったようでしたが、犬は一晩中、今までに出したことの無いような声でクーン、ウウーンと鳴き続けました。犬に意識があったのか、それとも薬で夢を見ていたのかは分かりません。ただ、これはお別れの合図だというのは、私にもハッキリと分かりました。
私は泣きながら眠りにつきました。犬には母がついて寝ました。

次の日起きると、犬は多少意識が戻ったのか、後ろ足を動かして前に進もうとするような動作をしていたそうです。
朝も病院に連れて行き、夜から朝にかけての症状を話したところ、強めの睡眠薬を打たれました。そして、(脳に腫瘍があるかもと言われたときから勧告されいていたようなのですが)あまり苦しむようなら、注射ですぐ楽にしてあげることもできるから電話してね、と言われました。

 

犬の最後の一日、私の人生で一番長い日

その日は注射のおかげで、犬は寝床でずっと眠っていたようです。
親は、叔父(先に犬を飼って亡くしている)や、弟(犬は好きではない)や、可愛がってくれた近場の親戚に連絡して、最後だからと犬を見に来てもらいました。妹は仕事があり、夜に来る予定でした。

この日は土曜日でした。犬がこの状態では何も手がつかないし、いざ死んだらもっと手につかないだろうからと、親の勧めで午前中は美容院へ行きました(そろそろ美容院いかないとなーと言っていたので)。美容師さんに「今日はお出かけですか?」と聞かれて「犬が危篤です」と言う訳にもいかず、「家にいます」と答えました。

犬の具合が悪くならなかったら、その日あたりにお風呂に入れてあげようと思っていたのに。私の髪が綺麗になったところで、洗い立ての犬の毛のフワフワさの幸福感を感じることはもうできないんだと思うと、悲しくて仕方ありませんでした。

家に帰ったら、親から、次の日(日曜日)の朝に注射で楽にしてもらうことに決めたと言われました。そして親はペット供養で昔からあるお寺(叔父の犬もそこで弔ったので)に連絡して、特別葬の予約をとりました。(そのお寺の場合、特別葬なら、その日行った足で火葬してもらい、遺骨を持って帰ることができます)

安楽死や、まだ死んでもいない犬の葬式の予約に関しては、「信じられない!」と思う方もいるとは思いますが、うちはそういう考え方の家ですし、私も親の考えにあまり違和感を感じません。親には親なりの思い入れがあって、家族全員で弔いたいからそういう結論を出したのでしょう。

イムリミットが翌日の朝だと決まってしまったら、翌日休日出勤して片付けようと思っていた仕事を、急遽その日にずらして、1時間ばかり仕事に行ってきました。仕事から帰ってきて、呼吸の弱ってきた犬を見て、手持ち無沙汰にウロウロして…。

ふと気になって、犬の横で見つめていたら、様子がおかしい。夕方の4時位でした。
慌てて父を呼びに行き、犬を触って「ねえお父さん!○○、生きてる!?ねえ、まだ生きてる!?」と泣きながら付き添いました。その間父が母を呼びに行き、母が来た頃には犬は事切れていました。私は犬を看取ることができました、できたけど…涙が止まりません。
生命活動が停止すれば、糞尿が漏れます。それを確認して、完全に死んでしまったと理解しました。

今思い返せばオーバーな行動でしたが、その後すぐに犬の体を清め、両親と一緒に先生の元へ行きました。
抱えてもいつもと違う、首が据わってなくて、だらっとしてるので、死んでいるのは分かっています。それでも連れて行きました。
診察台に犬を寝かせて、先生が診て、「亡くなっています」と言われて、帰りました。人間じゃないんだから、医師の死亡診断なんてなくても死んだものは死んだでいいはずなのですが…。気がおさまらなかったんでしょうね。
そもそも、その日のうちに死んでしまうとは誰も思わなかったし、思わなかったからこそ安楽死まで視野に入れていたんですから。
仕事の都合で夜に家に着いた妹は、生きているうちに連絡が欲しかったと怒って泣いていました。

犬が死んだ後は、親がドライアイスを葬祭センターから有料で分けてもらって抱かせました。棺は透明なプラの衣装ケースを買ってきました。
その間に叔父と親戚が花束を持ってきてくれました。目は閉じてなくて、遺体は生きているみたいに綺麗です。数年前、叔父の犬の遺体を見たときもそうでした。

また、呼んでいないけれどたまたま用事があって家に来た親戚がいて、犬が生前なついていた人だったので、寄って顔を見てもらいました。色んな人に最期に挨拶できて、恵まれた犬だったなと思います。

 

続きはまた今度

マジで泣きながら文章を起こしているんですが、今日はそろそろ限界です。
仕事もあるので、葬儀は次回の記事で。

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